ご案内
政治的に大きな問題があるとアメリカの記者もピオーリアに飛び、MiddleAmericaの意見を聞いて判断の材料にし、記事にも書く。
ホワイトハウスの元実習生MとC大統領の問題が報道され始めた直後、W紙は「ワシントンはR問題で頭がいっぱいになっているようだが、ここピオーリアでは事情は違う」という現地からのレポートを伝えていた。
もともとピオーリアやインディアナ州フォートウェイン、ウィスコンシン州グリーンベイなどアメリカ中西部の小都市は、アメリカの企業が新製品を売りだす時の調査場所にしたものだった。
こうした町で評判がよければ全米でも売れるだろう、という考え方で、1947年の映画MagicTownでも、このマーケティングの手法がいわば主役になっている。
ネイティブ・アメリカンの部族の名をとってつけたこのピオーリアの町も、製造業が衰退し(K社はこの町の最も重要な企業)、人口構成が変わっていくにつれ、アメリカの典型的な町ではなくなってきている。
米国にはアメリカン・デモグラフィックスという月刊誌がある。
主に米国の人口動態について素人にもわかりやすい記事を提供する雑誌だ。
多民族国家のアメリカならではの雑誌といえるだろう。
この雑誌の1992年1月号に掲載されたAll-AmericanMarketsという記事は、1990年の国勢調査結果を参考にして、年齢分布、人種分布と住宅価格の3要素から、全米の数字に最も近い都市のベスト20をあげている。
つまりベストlは、米国全体の代表都市といえるものとなる。
1980年の時もそうだったが、1990年の国勢調査でもO州タルサがその代表に選ばれた。
これにウェストパージニア州チャ―ルストン、テキサス州ミッドランドと続く。
先にあげたイリノイ州ピオーリアは29位に下がってしまった。
こうした資料はマーケティングに使われることを前提にしているが、N大統領がピオーリアを政治的なMiddleAmericaの代表として扱ったように、政治家がWillitplayTulsa?(タルサではうまくいくのか)というようになる日がくるだろうか。
残念ながら今のところそうはなっていないようだ。
最近のアメリカの選挙をみていると、大統領選挙、連邦議員選挙を問わず「反ワシントン」を口にするほうが有権者にうける、あるいはうけるはずと候補者が思っているようである。
それはベトナム戦争で大統領の力が強くなり、ウォーターゲート事件でホワイトハウスが腐敗し、議会も十分なチェック機能を持たなかったと市民が判断したからだ。
1974年の連邦議会の選挙では、これまでになかったほどの若い新人議員が誕生し、選挙資金の規制を強化し、議会のボス支配を徹底的にやっつけた。
同じように、1976年の大統領選挙では、J州知事に過ぎなかったほとんど無名のJがワシントンのアウトサイダーとして戦い、ワシントンのインサイダーそのものといったF大統領を打ち破った。
以来、R大統領もアウトサイダーであることを最大の武器としてホワイトハウス入りを果たしている。
アーカンソー州知事だったC大統領も同じ系譜に属する人物だといえる。
W紙の著名な政治記者Dは、1992年の大統領選挙が本格化する前、民主党の大統領候補指名を求める人たちがほぼそろった1991年10月9日、次のように書いている。
今年の民主党の連中は、反ワシントンを掲げて選挙運動しているが、その反ワシントンぶりは1976年のJ以来のどの民主党候補よりも強い。
Cは反ワシントンで、勝ったが、ワシントンには味方がいなくて難しい政治運営を強いられた。
アメリカの選挙運動には日本の告示、公示にあたるものがないから、いつからでも選挙運動ができる。
ジョージア州知事を1期務めた(州法で再任は認められない)Jは、1972年の大統領選挙がまだ最終段階に入っていないその年の9月に、1976年選挙での出馬の可能性を側近と検討した。
実際に出馬をおおやけに決意するのはもう少し後だが、この時、彼の側近が作成したメモでは、「ワシントンの外で知事をし、効率的に州の政治をしてきた者には勝つチャンスがある」「常識的にマイナスとみられるものすべてがプラスなのだ」と、「反ワシントン」の利点を強調していた。
一方、共和党のほうでもC州知事だったR(1976年の大統領選挙ではFが指名されたが、1980年には党候補となり大統領選に勝った)が、「中央政府の巨大さが米国の連邦制度を変えてしまい、市民の自由を危うくしている」と、「反ワシントン」を打ちだしていた。
なぜこのように「反ワシントン」がうけるのだろうか。
ワシントンは多くの市民にとって遠い存在だ。
距離的にもそうだし、たくさん税金を取られる割に、中央政府の行政サービスは市民の目に見える形では行われない。
伝統的にアメリカは州政府や他の地方自治体が強いせいでもある。
意識の遠くにあるワシントンで行われていることが、腐敗であったりスキャンタールで、あったりすると、「反ワシントン」感情は増幅される。
議会はとりわけ変わった世界にいるようで、(議員の)個人小切手は不渡りにならず、畳食もただというようなことが多いおとぎの国なのだ)。
ここで「小切手が不渡りにならなし、」というのは、議員用に設けられた議会内の銀行では、預け入れた金額以上の小切手を切っても問題にならなかったというスキャンダルのことを指している。
こうした感情をフルに利用しようとしたのが1992年の大統領選挙戦でのRだった。
事業で大成功を収めた彼はアウトサイダーとしてワシントンを徹底的に改善してくれるだろう、という強い期待を一般有権者に抱かせ、その年の大統領選挙の初期段階では、一時世論調査でトップにもなった。
もっともPもワシントン・インサイダーをコンサルタントに雇い入れていたし、Cのくだんのメモでもワシントン・インサイダーである有力紙の記者やコラムニストに接触するよう勧めていたから、「反ワシントン」にも限界がある。
徹底した自由市場経済論者M教授は、「インフレがつくられる唯一の場所はワシントンだ。
有権者は議会に対しては自分たちに有利な支出を求めながら、支出の財源となる税金を払うのに不満だからだ」と手厳しくいっている。
「反ワシントン」とは、要するに税金を払いたくないということなのかもしれない。
RunningAgainstWashingtonの項で取りあげたように、ワシントンは選挙のたびに「攻め込まれる」ところだし、その周りのベルトウェーには高い「壁」があるのだが、「反ワシントン」を掲げて連邦政府の首都にきた人にとっても、ワシントンは決して住みにくいところではない。
PotomacFever(ポトマック熱)という言葉の存在がそのことを教えてくれるだろう。
ポトマックはワシントンの西を流れる川。
ワシントンと同義語ともなる。
「反ワシントン」のかけ声にもかかわらず、ワシントンで議員になったり、政府の要職に就いたり、あるいはロビイスト、コンサルタント、ジャーナリストになって一旗揚げたい、という人も多い。
そうした強い気持ちをPotomacFeverといい、実際その言葉を書物の題にして、F元上院議員がワシントンの政治の実体を書いている。
さらに軽くなったイギリス留学で悩んでいませんか?費用対効果の高いイギリス留学です。
安心をコンセプトにしたイギリス留学を幅広くご活用下さい!業界最大手のイギリス留学です。
イギリス留学ご提案致します。あなたの夢を実現するイギリス留学が満載です。
語学留学の完全限定グッズとなります。語学留学のクチコミ情報を求めています。
語学留学のことならお任せください!特徴のある語学留学です。
語学留学しましょう!語学留学の安定性は十分です。
海外語学留学を使ってみましょう。海外語学留学の情報をお知らせします。
海外語学留学を見に付けてみましょう。海外語学留学探しならお任せください。
海外語学留学では?海外語学留学に関する企業の一覧です。
